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最高裁判所第二小法廷 平成4年(行ツ)154号 判決 1992年12月18日

東京都台東区松が谷二丁目一四番七号

上告人

岡島次郎

右訴訟代理人弁護士

竹澤哲夫

鶴見祐策

東京都台東区蔵前二丁目八番一二号

被上告人

浅草税務署長 渕井浩

右指定代理人

加藤正一

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行コ)第一三号更正決定取消請求事件について、同裁判所が平成四年五月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹澤哲夫、同鶴見祐策の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成四年(行ツ)第一五四号 上告人 岡島次郎)

上告代理人竹澤哲夫、同鶴見祐策の上告理由

第一点 理由不備ないし理由齟齬

一、原判決は、本件課税処分が推計の必要性および合理性の要件を欠くので違法であるとする主張に対して、上告人が多額の所得を申告せず、金地金の中には密輸品も含まれていたこと、東京国税局の強制調査によって押収、検査された簿外資産を基礎にしたことなどに徴して推計の必要性および合理性を認めることができると判示している。

二、しかしながら、上告人は本件課税処分にかかる所得金額が存在しないこと、金地金の密輸については刑事裁判でその証拠がないとして否定されていること、押収、検査の結果えられたとする簿外資産は上告人のものではないことを主張しているのであるから、まずそのことの真否が確定されるべきものである。また仮に原判決の論法のとおりであるとしても、そのこと自体は、課税処分にあたって実額によらず推計によらざるを得なかったとする認定や、その具体的な方法が他の方法に比してより合理的であったとする判断とは、直接には結びつかないのである。原判決の判示は、問いに対して問いをもって答える類のものと言わねばならない。原判決の事実の認定に誤りがあることは後述のとおりであるが、証拠に基づく正確な事実の把握なしにかかる法律的な判断を行っているのは、結局、判決に理由を付さないか理由に齟齬があるものと言うほかない。

第二点 理由不備(事実誤認、審理不尽)

一、原判決は本件上告人に対する課税処分について推計の必要性が認められるとしている。しかしながら右の認定は明らかに誤っている。

課税処分にあたっては所得の実額によるのが原則であり、推計による課税は推計の必要がある場合に限って、例外的に許容されるにすぎないのである。そして推計の必要性は、納税者が信頼できる帳簿その他の資料を備えていないか、納税者が調査に協力せず、実額の計算が可能な帳簿その他の資料を提供しないために課税庁において間接的な事実から推計する以外に方法がない場合にのみ認められるものとされている。原判決は、第一審判決の認定にしたがい、上告人が調査に非協力的で反面調査でも十分な協力を得られなかったとしているが、上告人は備付けの帳簿書類全部を提供して調査に協力しており、反面調査も綿密に行われているのであって、被上告人において、それらの資料に基づいて実額を算定することは容易であったはずである。被上告人は、そのような実額では当初から想定していた所得金額に及ばないところから、基礎となる事実を適宜取捨選択の上、もっとも安易な方法である資産負債増減法による推計を行ったものにほかならない。また強制調査によって発見したとされる現金、預金通帳、有価証券等を簿外資産としているが、青色申告者が備付けるべき帳簿書類は事業所得を生み出す資産に限って貸借対照表に記載されるべきものであって、それ以外の資産についてはいわゆる簿外となるのは当然のことである。

これらの資産については、第一審で上告人が提出した「私の戦前、戦中、戦後の業歴」で明らかにされているように、戦前から蓄えてきた資産の集積であって、係争年分の事業所得とは全く無縁のものであった。したがって原判決が簿外取引に係る事業所得の金額について実額で確定することが不可能であったとし、それによって推計の必要性を背認しているのは、明らかに筋違いといわねばならないのである。

二 推計の方法に合理性がない

原判決は、本件各係争年分の事業所得金額をいわゆる資産増減法によって推計している。すなわち課税期間の期首と期末の純資産を比較し、その増加額を計算して所得を推計するのである。推計課税が許容される合理的な推計とは、いくつか考えられる推計の方法のうちで実額に合致する蓋然性の最も高いものを指すと解されている。そして所得税法第一五六条は推計の方法を例示しているが、その中でも資産増減法は一般的合理性の点で最も後れたものと言うべきであって、他に方法が考えられる場合にはそれによるべきが当然なのである。仮に推計の必要があったとしても、例えば同業者の比率等を用いて推計するのがむしろ常道と言うべきであろう。ところが本件の課税処分においては、そのようなより合理的と認められる方法を追求した形跡は全くない。

ちなみに原審において、上告人本人が供述しているところから明らかなように、上告人の取引の相手方であって同時に調査の対象とされた栗田富一は、無申告のうえに何らの資料も備えていなかったために所得総額一億二、〇〇〇万円弱の決定を受けていたが、国税局協議団の裁決の段階で同規模、同業者の効率に基づく比率法により更正の所得金額を半額の約六、〇〇〇万円に減額されている事実がある(甲第二〇号証、東協特第二〇九五号、東局直訟第二四八〇号)。同人は上告人との関係から税務調査の対象となったのであるが、その課税の結果と照らしても、上告人に対する本件課税の不条理と不公平は際立っていると言わねばならない。しかも本件の上告人の場合は、後述のとおり、現金、普通預金、定期預金、売掛金、株式、出資、商品、貸付金等々の金額を便宜的に選びだして適当に操作し、期首と期末との増差をむりやり捻出しているのである。例えば、東京国税局は、昭和四二年三月九日、上告人に対して滞納処分の差押えを行ったが、差押調書謄本(甲第六二号証)の記載のとおり、純銀インゴット板状九枚六・四四キログラム、純銀笹吹一袋六〇一・一グラム、パラジュウム四個一六一・八五グラム、純金角棒一本四一三グラムの四点が存在している。これらは強制調査の以前から上告人が所持していたものであるから、被上告人の立場からは、当然に簿外資産とすべきものであるが、これを無視しており、上告人が指摘しているのもかかわらず、原判決も顧慮していないのである。まことに恣意的と言わなければならない。このような推計方法が合理性を欠くことは明らかである。

三、推計の基礎が事実に反する。

推計が合理的とされるためには、その基礎となった事実が正確に把握されていなければならないが、原判決の期首および期末の資産の認定には明らかに事実の誤認がある。

1 普通預金および定期預金並びに預金利子

原判決は、上告本人の供述及び上告人の各上申書(甲第八、第一七、第七七号証)の記載部分は採用できないとし、第一審判決の別表三の番号1ないし77につき同記載のとおりの認定を行っている。しかしながら原判決が上告人の預金と認定したものの中には、次のとおり明らかに他人のものが含まれている。

<1> 「大村英之助」名義(昭和三七年一〇月九日設定、昭和四〇年一月二二日解約・第一審判決別表三番号5)について

原判決は、当該普通預金元帳(乙第七号証)の印鑑とゴム印が上告人が利用していた宮崎義一名義の貸金庫から押収された(乙第六六号証)ものであり、上告人が上申書(乙第一〇八号証)で貸金庫から押収された株券、社債等が自分のものであることを認めていること、大村が自分のものではないと供述している(乙第七、第一三〇号証)ことなどから、上告人のものと認定している。しかしながら上告人の原審供述のとおり、大村は当時の実業界に顔がきく存在でありながら、同人自身が経済事犯で訴追されており、預金を公表したくない事情があって、預金の印鑑やゴム印を上告人の金庫に預託していたにすぎないのである。現に、これらを利用して大村自身が預金の出し入れを行っていたのであるから、上告人が実際に支配していたものではなく、従って上告人に帰属するものでないことは明らかなのである。大村の質問顛末書の内容は、同人自身が言及している事件に連座していた関係を配慮したものと考えられ、事実と相違している。上告人が大村に対し「あなたの名前を拝借した」と述べていたという記載があるが、そのような事実はない。上告人が貸金庫の株券、社債等について自分のものと認めていることから、現に使用されている他人名義の預金まで、直ちに上告人のものと断定するのは、あまりにも短絡的に過ぎて不当と言わなければならない。

<2> 「東洋金属株式会社」名義(昭和四〇年二月一日設定、昭和四〇年四月二八日解約・同表三番号22)について

原判決は、当該普通預金元帳(乙第九六号証)の預金口座につき、三和銀行上野支店の行員梅津泰崇が上告人の意向を受けて出し入れしていたこと、昭和四〇年四月二八日に引き出された現金の一部が宮崎義一名義で通知預金に入金され、みぎ通知預金は同年一〇月一四日に解約されて東洋信託銀行日本橋支店で宮崎義一名義で貸付信託の購入に充てられ、右貸付信託は上告人のものと認められると判示している。

しかしながら上告人は、昭和四〇年三月一五日に関税法違反の容疑で逮捕され、五月五日まで大阪府警察本部に拘置されており、解約の当日には身柄を厳重に拘束されて外部との接触を断たれていたのであるから、梅津に右普通預金の解約を指示できるはずもなく、原判決の認定は明らかに誤っている。もし上告人が梅津を使ってそれをなさしめたというのであれば、どのような方法によってそれを行ったのかを究明する必要があろう。梅津泰崇の質問顛末書(乙第一四四号証)には、肝心な解約の経過についての言及がない。原判決には、この点においても審理不尽の違法をおかしていると言わねばならない。

2 上野信用金庫広小路支店の普通預金

上告人は、昭和三五年末の時点において朝日信用金庫上野支店(当時上野信用金庫広小路支店)に対する有田和夫名義の仮名預金四、〇〇〇万円を有していた。右の預金は昭和三六年の半ばには解約され事業の資金に使われるなどして費消されている。

原判決は、右仮名預金を上告人が有していたと認めることができないと判示する。上告人が自己の預金ではないと主張するものについては、さしたる根拠もなく否定しながら、上告人が自己の預金であると主張するものについては、証拠に反してこれを否定している。まことに恣意的の感を免れない。

上告人が右に相当する額の預金を有していたことは、同支店に勤務していた小林貞良の昭和五五年一一月一二日付回答書(甲第一二号証の一)および昭和五四年一〇月一八日付同信用金庫本店長高山康之の東京国税局協議団本部長あての照会事項に対する回答書(甲第一二号証の三)によって証拠上明らかである。小林は「普通預金で仮名の『有田和夫』は昔の同僚で金庫をやめた者の名前を一度変えて私の案で作成したもので『宮崎明』と共に岡島次郎のものです」と述べている。また上告人が赤札堂に次いで多額の預金者であったこと、当時、預金獲得に熱心であった同支店では、昭和三五年末の集計のために徹夜で集金してきたものであり、その金額が四、〇〇〇万円であったことなど具体的な事実をふまえて供述している。この内容は、昭和五五年八月一六日付同信用金庫合羽橋支店の支店長恩田友義の回答書および昭和五五年八月二三日付同人の回答書(甲第一二号証の二)によって、当時小林が勤務していたこと、「有田孝夫」という職員が勤務していたこと、昭和五五年一一月一七日付け同信用金庫本部検査役野口孝一の回答書によって上告人から年末に多額の預金がなされたことが明らかにされており、小林の右供述の正確性を裏付けている。そして昭和五四年一〇月一八日付同信用金庫本店長高山康之の東京国税局協議団本部長あての照会事項に対する回答書によれば、昭和三五年一二月末日現在において「有田和夫」名義で上告人と預金取引があったこと、当時の元帳は発見できないが、伝票によって確認したところによれば同年一二月三一日には三回にわたり合計九六〇万円の入金があり、同日同じ名義で支払いがないので、最小限右と同額の預金があったと認められることが明らかにされている。被上告人からの反証はない。

第一審判決は、上告人が元帳や伝票類を提出していないことを理由に上告人の主張をしりぞけていたが、原判決は、今度は上告人が朝日信用金庫の柏倉庫に赴いて探したところ、該当部分のカードが欠落していた(甲第一七号証)ことに言及しながら、「これの真偽を確かめうる資料はない」と判示している。しかしながら上告人が当該台帳および関連資料の取寄せのために可能な限りの努力を払ったことは、取寄申請(甲第五一号証)や上野信用金庫広小路支店(現朝日信用金庫上野支店)の回答書(甲第五三号証)、上告人作成の日記帳(甲第五四号証)等から明らかであり、柏倉庫まで所在を追求しているのであるから、上告人の主張をくつがえすような何らかの具体的な反証がなされない以上、これを否定することは許されるものではない。原判決は、被上告人の立場を擁護することにかたより、証拠法則を逸脱したものと言わなければならない。上告人は今なお朝日信用金庫に対して調査の徹底方を依頼しているのである。このことは末尾添付の上告人あて同信用金庫合羽橋支店長小林勝雄名義の平成四年五月二七日付文書に記載のとおりである。しかも上野信用金庫には少なくとも九六〇万円の残高が存したことは第一審判決が認めているところであり、原判決も同様の見解に立っているのであるから、これだけでも被上告人の推計の基礎は崩壊していると言い得るのである。この事実を無視して推計の合理性を容認しているのは、まことに公正さを欠いており容認しがたいところである。

ちなみに原判決は、東京弁護士会会長の照会に対する朝日信用金庫上野支店長の回答書(甲第八二号証の一および二)によって、上告人が同信用金庫と預金取引があった事実は認めながら、そのことによって当時取引があったとか、昭和三五年末に有田和夫名義の仮名預金があったとは認められないとしている。それならば原判決が認めるところの預金取引はいつのものであり、だれの名義のものなのであろうか。これについて何も述べずに単純に事実を否定するのみというのでは、いかにも安易で便宜的にすぎるのではあるまいか。原判決は朝日信用金庫の小林や高山が上告人のために積極的に明らかにしていないというが、これも取ってつけたような強引な理屈である。小林はげんに事実に基づく回答をしているし、亡くなった者に立証を求めるのは無理というものである。原判決に証拠法則の違反があり、審理不尽の違法があるとされなければならない所以である。

3 売掛金

原判決は「小林分析所」および「佐藤分析所」名義で合資会社白金に対して金地金の売上げていたのは上告人であって、浜田一郎は実在しないと認定している。その拠りどころは、姉崎勝彦の質問顛末書(乙第一一八号証)であるが、これは姉崎が収税官吏梅崎俊行の示唆と誘導のままに作成したものであって、到底信を措くことができないものである。浜田一郎は上告人から店舗を貸借して金取引を行っていたものであって、同人が実在していたことは白金副社長保条保の上告人あての手紙(甲第三五証)、松村金銀店社長松村伊助の東京国税局収税官吏梅崎俊行あての上申書(甲第三六号証)、家賃領収証控(甲第三七号証)等によって否定できないのである。保条保によれば「浜田さんとの取引は貴兄を通じて行ないました」と認めており、松村伊助は「昭和三五年一一月始めの頃、私店の元店員であった吉田幸次郎の紹介で貴金属地金商の小林分析所こと小林氏が来店し、この人から金を買いはじめ後に同人かの電話により本人及びその使者から私の店で金を買付け仕入れを続けてきました。その後、岡島次郎氏が私の店舗に来た際に同人が小林に対し浜田といって話していたところから右両名は、かねてつき合いがあり、このとき小林が実は浜田一郎という人であることが解りました」と述べている。また松村伊助は上告人から金地金を仕入れていたと述べたとしても、浜田との取引を否定する趣旨には解されない。被上告人が提出した坂六一の質問顛末書(乙第一四三号証)では、浜田の人相風体等を含めてその実在を具体的に供述しながら、途中からこれを否定する供述に変わっているが、これは富田有の強力な誘導に屈した結果であって信憑性は全く認められない。しかも最後の部分では「五〇才位の人」の存在に言及したうえ「或いはその人が浜田一郎という名前なのかも知れません」と述べて曖昧なままに終わっているのである。

原審において提出された郡司昭子の上告人あての手紙(甲第六一号証の一、二)については原判決は、同人が浜田がどのような人物か知らされていないことのみを理由に証拠からしりぞけているが、当時から店舗の貸借人が浜田であると知らされていたことが重要なのであって、その意味でも証拠の評価において誤っていると言わなければならない。

また中村又一弁護士が昭和四四年四月二四日付、同年五月二六日付、同年一〇月一五日付をもって東京国税局協議団内田稔郎協議官の聞取りに応じて浜田一郎が実在していることを供述しているが、原判決はこのような証拠も無視しているのである。

4 貸付金

<1> 丸一物産株式会社関係について

原判決は、上告人が丸一物産株式会社に対して昭和三六年五、六月ころ金三三〇万円を貸し付けていたことは認められるが、それ以前に三〇〇万円を貸付けていた証拠はないと判示している。しかし丸一物産株式会社は同名のものが二社あって、原判決は明らかに事実を取り違えている。立花栄の回答文(甲第五五号証)によると、上告人が株式を所有していたとされる丸一物産株式会社は、昭和三六年七月に倒産して解散している。すなわち昭和六一年六月二〇日付の回答文には「現丸一物産株式会社は昭和三六年七月に創立され、当初から私が代表取締役に就任現在に至っております」「お尋ねの丸一物産は、昭和三六年に休業になった後、いずれかの企業に買収されたと聴いておりますが、現丸一物産が創立した当初から、岡島次郎氏は株主でないことを証明します」と記載されている。ちなみにこの丸一物産株式会社の成立年月日は昭和三六年七月六日(甲第八三号証)であって、原判決の認定にそぐわない。原判決には審理不尽の違法があると言わなければならない。

<2> 松村伊助関係について

原判決は、松村伊助の質問顛末書(乙第一一〇号証)で三五〇万円借りていることを認めているから、昭和三七年中に回収されたとする上告人の主張は採用できないとしている。しかし松村は三五〇万円を借りた事実を認めているのみで、回収の事実については上告人本人が供述で明らかにしているとおりなのである。

<3> 土田商会関係について

原判決は、上告人から貸付金の回収を委任されていた守屋典郎弁護士のメモ(甲第六三号証)に昭和四二年三月まで返済を受けていることが記録されており、かつ土田洋一の上告人あての昭和六三年一二月一三日付書簡(甲第七九号証の一、二)でも確認されている点について、さしたる根拠もなしにしりぞけている。しかしながら、上告人が昭和三五年末に土田商会(土田商事株式会社又は土田洋一)に対して金五〇二万円の貸付金を有していたことは、小切手(甲第二一号証の一)や手形(甲第二一号証の二ないし七)の存在から裏付けられている。そして正確な金額は、五、〇二七、一九〇円であるが、その計算根拠は、末尾添付の上告人作成にかかるメモのとおりである。これは、守屋弁護士のメモに記載されている土田商会からの貸付金の回収に関連するわけであるが、その回収の経過を守屋弁護士が記録したものであって、これにより引続き昭和四二年まで取り立てが行われてきたことが裏付けられているのである。原判決は、メモの作成時期や作成意図が不明であるというが、このメモは守屋弁護士が記録したものであり、このことは原審の上告人本人尋問の結果で明らかとさているのである。原判決は、あえて証拠を無視していると言わねばならない。

<4> 松坂哲哉・東産業株式会社関係について

同様に松坂哲哉に対する金二〇〇万円、東産業株式会社に対する金二〇〇万円の存在は、守屋弁護士のメモによって裏付けられる。原判決は、これも、あえて「趣旨は不明」としている。

5 事業主貸

原判決は、鎌倉市大船に建築した別荘の代金は、上告人の妻岡島美智子が自己資金で支払ったことを裏付ける証拠はないとしている。そして岡島美智子が贈与税を課されていないからといって、同女が自己資金で建築したことにはならないと述べている。しかしながら本件課税処分を行った被上告人がこの建築資金を上告人が負担して美智子の所有としたと認定する以上は、美智子に対して贈与税を課税するのが当然と言わなければならない。ところが被上告人は同じ課税庁でありながら、それをしていない。それは被上告人において上告人が支払ったことの確証がえられなかったからにほかならない。原判決はそのことを見逃している。審理不尽と言うべきである。

6 金地金の取引量

原判決は、上告人作成の平成三年六月二六日付上申書及び取引一覧表(甲第八四号証の一、二)によっても、第一審判決の認定は左右されないと判示しているが、金取引仲間の差益はグラム当たり約一円二〇銭であり、利益率が取引値段のおおよそ五〇〇分の一であるとする上告人の主張は、例えば日本貴金属協同組合の昭和五八年度ないし昭和六〇年度の「決算報告書」(甲第六〇号証の一ないし三)によって計算すると、金地金の利益立は昭和五八年度で六〇六・四七分の一、昭和五九年度で四八三分の一、昭和六〇年度で五一二・二分の一であるところから裏付けられている(甲第五七号証ないし第五九号証)。ここに示されている利益率が、係争年度の分と差がないことは言うまでもない。原判決は、かかる客観的な資料に基づく論証に全く目をつぶっている。

7 上告人の昭和四一年六月三〇日付上申書(乙第一〇八号証)

原判決は、右上申書作成の経過とその内容が真実性のないことを明らかにした上告人の主張をしりぞけている。しかしながら原審における上告人の本人尋問の結果からも明らかなように、この文書は上告人が梅崎俊行主査から原稿を示され「このとおり書け、そうすれば差押さえたものを返してやる」と誘われ、その内容を十分吟味する余裕もなく従ったものであって、肝要な部分で事実と相違している。げんに上告人が知る由もない銀行員の名前や暗唱不能の貸金庫の番号、その他上告人にも意味不明の文言が含まれており、これが梅崎主査らの認識に従って作られたものであることが明らかである。

この点においても原判決は、証拠の評価を誤り事実誤認をおかしていると言わなければならない。

四、むすび

以上のとおり、資産負債増減方法に基づく推計による本件の課税処分は、到底合理性を備えたものとは認められない。これを認容した原判決には、明らかに事実誤認と審理不尽の違法があると言わなければならない。

上告人は理由のない本件の課税処分によって甚大な財産的損害をこうむっている。莫大な税額のみならず、上告人の全財産を長期間にわたって差し押さえられ、事業や生活に多大な支障を余儀なくされている。差し押さえ財産の処分によって、一部の物件が差し押さえ解除になったが、返還されたものは、すでに価値を失うか、価値を著しく滅殺されたものとなっていた。例えば平成二年七月二三日に差し押さえ解除となったK18オパール中指輪六個のうち二個には貫通した亀裂が入っていた。昭和四二年三月九日に差し押さえられて以来、保管庫の湿度不足で蚤白石が乾燥したことによって生じた疵である。筑波開発株式会社(大筑波国際カントリークラブ)入会金証書について尋ねあてる手掛かりがない。平成二年八月二四日に差し押さえ解除となった株式会社東京映画社の株券(額面五万円、一〇〇株)は、すでに会社が消滅して換金の方法がない。岡島次郎および岡島美智子名義の三和銀行上野支店普通預金は、あまりに古いため調査できないままである。期間の資産増を理由に課税処分をされながら、差し押さえにより資産が著しく目減りする結果となっている。まことに不当と言わなければならない。

原判決には、上記の誤りがあり、取消されるべきものである。

以上

(添付書類省略)

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